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タルヲシル

ワーキングマザーのエレナのブログです。春が好き。思いついたことをつらつらと書きます。

母親の言いつけを守り続ける必要はない

おつかれさまです。

ワーママえれなです。

 

自分が母親になって気づいたことがあります。

自分自身が、母親の教えにとらわれていたこと、です。

随分と、長い間です。

 

当たり前なようで、こどもからは分からないことがあります。

母親も人間だったんだ、ということです。

 

私の母親はいわゆる教師職で働いていたこともあるのか、厳格なしつけだった方だと思います。

それは時代もあるかもしれません。

花嫁修業をし、嫁入り道具に着物を買った時代。昭和の妻ですね。

 

それに対して平成の妻ってのもなんだか違和感はありますが(笑)

平成の夫の方が違和感ないですね。

 

話が逸れましたが

今私はその反動でテキトーもいいところ

グータラなズボラさを持ちつつも

八方美人で、内向的で、優柔不断で、人に意見を言えないようなちっさな人間ができあがりました。

 

あげるとキリがないのですけども。

テレビ見ながら、歌を歌いながら、ご飯を食べちゃだめ。

人の悪口は言ってはいけない

あぐらは、はしたないのでいけない。

電車やお店では静かに。

ピアノは19時まで。

よそ様、ご近所にに迷惑をかけないように。

メシはご飯、カネはお金、はらへったはおなかすいたと言いなさい。

門限は、、お洋服は、、お小遣いは、、、

と、もう書くのをやめますが、

NGがとっても多かったのです。

 

そして、人の言うことを聞くような真面目?で、人の顔色を伺って自分で判断ができない人間になりました。

 

しかし、兄弟はそうではありません。

それでも、一人の人間として受け入れられている、ということに最近ようやく気づきました。

 

ああ、あんなに頑張らなくてもよかったんだと。

今まで人の価値観の中で、頑張っていたのだと。

とてもショックで、泣けてきました。

 

でも私からいい子を取ったら何もない。

これもまた悲しくて、まあ、仕方ないなとは思いましたが、その日は1日凹んでいました。

 

ここには、母と娘の呪縛もあるのかもしれません。

 

○○さんに、○○ちゃんはえらいわねえって言われたのよ。と言われるたびに、これでいいのだと思っていたのです。

 

褒められるようないい子で努力しないとだめだと、そう言い聞かせていたのは、自分自身なのかもしれません。

 

悪口を言わないようにというのも、自分自身のため、という言いつけでした。

自分から言わなければ、周りから自分の悪口を耳にすることもない。

悪口を言う人には悪口を言う人が集まる。

その輪に入らなければよい、と。

 

こどもなりに、そうなのか。と言いつけを守って来たのですが。

 

大人になってから様々な人と出会い、必ずしもそうではないことに気づきました。

 

そして、防御法ではなく、対処法を教えて欲しかったな。と今は思います。

 

 

自分から言わない悪口。

ではその気持ちを、どうやって消化するのか?

愚痴は悪口になるのか?

悪口を言わないにも関わらず、悪口を言われるのはどうしたら?

その場所から逃げられない場合は?

 

 

こども時代の言いつけを大人になってまで、守り続ける必要はないと思うのです。

 

ずいぶんと長い間、母の教えと、自分の中の違和感、葛藤に悩んでいました。

 

今の私なら、嫌なことは嫌だと、言い返す強さを持ちなさいと、教わりたいと思いました。

それでもだめなら、一緒に逃げよう。と。

 

そう、言って欲しかった。

 

人間である限り、聖人君子のようにすべてを許せるわけでもなく、完璧でもない。

 

母親だって人間だから、間違いもするし、いやなことだってある。

 

そう思うと、本当はあの時こうして欲しかった、というこどものときの自分が少し救われる気がします。

 

あの頃は母親の意見が正しく、なかなか許してもらえなかった。

正解が他にはなかった。

 

今、自分で好きなように決めてもいいよ、というのは少し酷な気もしますが、自由とはそういうものなんでしょうね。

 

母親は特に、自分の娘を同化しやすいのかもしれないですね。

 

自分ができなかったことをやらせようと思う。

または、自分ができたのだから、できるだろうと思う。

 

私も、どんな環境でとたくましく強く生きて欲しいと、自分にないものを願ってしまう。

 

これが親の業なのですね。

 

親だからこうあらねばならない、ということも自分で作り上げてしんどくなっていました。

 

できないかーちゃんでもいいよね。

 

そう割り切れるまで、あともう少し時間がかかりそうです。