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タルヲシル

ワーキングマザーのエレナのブログです。春が好き。思いついたことをつらつらと書きます。

正解はない、保育園戦争。

こんにちは。

育休復帰組のワーキングマザーのエレナです。

 

保活、そろそろ年1の結果が出る頃ですね。

色々対応おつかれさまでした。

そわそわドキドキしながら、役所からの封筒を開封したことを今でも覚えています。

 

こちらは、育休中に、保活のために田舎に引っ越しました。

それまで住んでいた場所も決して都会ではありませんでしたが、保育園戦争にはまずうちの条件では勝てないことがわかり、駅近物件とお別れしました。

結婚当初は微塵も感じていなかったデメリットもあるのだと、立場が変わると気づくこともありました。

 

役所が子育て支援もしており、今よりは確実にいい街ではあったとおもいますが、その点保育園の枠を取り合うライバル(もしくは同じ時代を生きる同志)の多さが目立ちました。

期限のある育休の終わりを、より待つことができない側が、諦めるしかなかったのだと思います。

また辛さが分かるからこそ、働きたくても働かない事情があるからこそ、その悔しい悲しい思いをしている人の分も背負って、ありがたく今できることを全うしていく他、一般市民にはどうしようもできません。

 

落ちた時は相当に凹みました。

期待があった分、やはり現実の厳しさを書面という無機質なもので一方的に通達され、時同じくしてこの空の下で同じように落胆している人がいるという事実。

 

保育士さんや保育園を運営しているひとたちの日々の努力がなければ、私は働き続けられていませんでした。

それでも、だれか一人分の枠をこちらが取ったことで、おそらくまただれかが泣いているのです。

誰かの願いが叶っても、だれかが泣いている。

宇多田ヒカルさんが歌にしている通り。

 

世界は何もだれしもを平等にするなど言っていない。

 

 

うちの場合は、田舎に行くことで家賃という固定費を下げるかわりに車は必要になり、通勤時間を費やすということを選択しました。

田舎は人口の母数の都合で、働く親が少ない、つまり、保育園に入れる倍率があがる、それにかけました。

もちろん、保育園には相変わらず待機児童はありましたし、田舎で暮らしていけば、人が減ることで税収が減り将来的に役所の財政が厳しくなる可能性もあるでしょう。

 

現時点では、時間をお金の対価として支払っているかたちです。

時短を選択せざるを得ないため、会社での立ち位置、キャリア、働く時間は等価交換(等価と言えるのか?)で、諦めました。

 

結果、初回分では待機児童になりましたが、次回の選考で、志望していた園の0歳児クラスの枠が広がったことで入ることができました。

保活という観点のみでは、入園という目的を果たしたため、まずまずの結果だったと思います。

公務員さんと違い、それほど延長できる期間がないため、リミットが決まっていた中、自身が持っているリソースで決断するしかなかったと思います。

 

これが正解だったのか、今でも分かりません。

 

復帰後、産前思いもしなかった色々な場面にでくわし、想定の足りなかった私の問題でもありますが、世の中の人の闇の深さを感じることが多くありました。

 

今母親の悩みは、働く、働かないに限らず多岐に渡っており、対応に必ずしも正解はなく、あるときは賛同者もなく、孤独なものです。

 

子どもや家族の健康、子育てにお金がかかること、夫の転勤についていくか、単身赴任を選ぶかなどの外的要因の悩み、夫や周りの人に協力してもらえないこと、仕事先でうまくいかないこと、家庭内でうまくいかないこと、子育て自体が辛くなることなどの悩みもetc。。。

 

様々なつながりがあったとしても、最後は自己判断、自己責任。それが子どもを授かり、産み、育てていくということ。

 

こんな世の中は、余裕がなくて当然の結果です。

 

たしかに、こうでなくてはいけない、こうあるべきだという概念や条件は自身が導き出したものです。

もしかすると、思いもよらない方法で解決できることもあるのだと思います。

ただ、それを非現実的だと、解決方法として選択していないだけなのです。

 

私も、未だにそうです。

いまだに悩み続けています。

 

 

その仕事、本当にあなたがやりたいことですか。

その職場、本当に戻りたい居場所ですか。

他に生きる方法はありませんか。

自身が作り上げた常識、ルールにしばられていませんか。

他人と比較して、不幸に思ったり、自信をなくしたり、怒りをぶつけたりしていませんか。

周りから言われた言葉や態度で疲弊していませんか。

 

あなたの本当に大事なものはなんですか。

 

私も、自分に問いかけます。

正解のない答えです。

自分の置かれている状況や時期によっても答えは変わるでしょう。

私たちは決断や選択の連続で、生きています。

 

これでよかったのだろうか、これでよかったのだ!と、いつかは自分を自分で認めてあげる、どんな結果であれ、自分くらいは労って優しく接してあげてください。

 

そうでもしないと、潰れてしまいます。

 

あとは、発信していきましょう。

 

こんなの違う、おかしい、間違っているということは、発言していきましょう。

 

自分の中で我慢していても、何にも誰にも影響を及ぼすことができないため、あなたが死んでしまったらそこでその我慢や苦労は終わりです。

 

自分の言葉で発信していきましょう。

 

私たちには、その権利があります。