タルヲシル

関西ワーキングマザーのえれなのブログです。食べることと春が好き。思いついたことをつらつらと書きます。

梅田でヒトカラ。カラワンに行ってきた話

先日、同期が転職するので、送別会に行きました。

こどものお迎えを夫に代わってもらったので、えんやこらと地元と会社を往復する必要がなくなり、念願の一人きりタイム!

いつもどおりの時間に退社して、さて、約束の時間までどうするか、となりました。

 

前回、職場のえらいひとがくる忘年会のときは本屋に入り浸ったので、今回どうするかなー。

 

そうだ、カラオケに行こう

 

(実に4年ぶり)

とふと思い、調べたところ。

なんと大阪にもあるではありませんか、一人でカラオケできる施設が!!!

 

最初、よく知ったジャンカラあたりにでも行こうとしましたが、ミーハーなわたくし。

ここはいっとかんな!平日やし空いてるやろ!

大阪駅からとことこ歩いて徒歩約10分。

 

ラウンドワンドンキホーテの近くにあります。

商店街に入って目立つ看板がでてくるので、すぐ分かると思います。

 

一人入店でも全然OK!だってヒトカラだもの

ちょっとドキドキしながら入店すると、会計待ちの女性を発見。

おお、女性がいた…!少し安心。

 

すでに待ちの方がいるらしく

店員のふわふわ系のキレイめお姉さんが近寄ってきてくれて「DAMだったら15分後にお部屋が空きますが、待ちますか?」とのこと。

せっかくなので、待つことにしました。

外出してもOKとのことで、整理券をもらい、何時までに戻らないと自動的にキャンセルですよー。と注意事項を案内いただいて、近くのブックファーストにいきました。(笑)

 

漫画を買って待ちながら読むかー。と約束の10分前に戻ったら、お席できてますーとのことで、早速案内されました!

店舗は一階だけなので、MAXの定員がそれほど多くないようです。

20室前後でしょうか?

 

料金は前払いで現金のみ!

先に利用時間を決めてお金を払います。

普通のカラオケと違い、スピーカーがなくヘッドフォンをつけて歌うので、ヘッドフォンはレンタルする必要があります。(100円)

ご自身で持ってるならいいのですが、Bluetooth非対応っぽい?ので、有線のヘッドフォンをお持ちでない方は借りた方が良いと思います。

 

最初1時間だけにしようとしましたが、90分利用から料金にレンタル料込みということで、今回はそれにしました。

680円です。

女性なら2時間レディースプランでお得な料金も選べたようですよ。

 

お金を払って、開始時刻が打刻された用紙とヘッドフォン、扉の鍵をいれたカゴをもらい、いざお部屋へ!

 

ヒトカラ用のブースは人目が気にならない

フリードリンクを用意して部屋に入ると、思ったより広さがあり、漫画喫茶の個室みたいなかんじでした。

フリードリンクは紙コップで、普通の店舗よりちょっと小さいサイズです。

 

布団ひけるくらいの2畳くらいあるかな…?

扉は中から鍵を閉められるし、普通のカラオケとちがって、扉に目隠しがあるので、ジロジロと部屋の前を通る人に見られる心配がありません。

これは一人で集中できる…!

 

マイクは普通のタイプでなく、よく歌手の方が録音するときに使っているコンデンサーマイクという壁からニョキッと接続されているタイプのものでした。

初めてみた。

マイクを片手で持たなくていいので、地味に楽チンです。

縦方向には自由に動かせたんですが、横回転がどうすればいいかわからず。

モニタ画面に対して真正面に歌い続けるというシュールな構図になります。

気にしない気にしない。

 

防音については、曲を入れないと周りの人の声は聞こえるので完全防音ではないです。

地声で歌って聞こえているというと、それなりの壁だと思いますが、でも自分も歌ってたら全然気になりません。

人の目線が気にならないのが一番のメリットですね。

 

ノンストップヒトカラは2時間がベスト?

1.5時間は余るだろうなと思いきや、もともとカラオケ好きだったので、全然すぐ過ぎました(笑)

結局、14曲?くらい歌った気がします。

時間があって、カラオケが好きなら2時間でいいと思います。

久々だと90分あたりで声枯れするかもしれません。

マイクの入力でミキサーもあるんですが、ミキサー使い方が分からないので、そのまま初期状態で放置でした。。

もしかして電子機器持ち込んだら録音できるのかな?

 

あとドリンクを取りに行くのが面倒で、トイレも行かなかったので、もうちょい休憩してもよかったなという感じです。

ノンストップはちょっと疲れます(笑)

1曲あたりのコスパヒトカラが一番ですね。

選曲大変ですけど。。

 

人と行くと知らない曲を聞けるのが楽しみではあるんですが、所詮自己満足の世界ですしね。。

これからは友達と遊ぶときもヒトカラでそれぞれ個室に入る、みたいなの流行るのでは?

 

短時間でストレス発散!大声を出そう!

最近歌は聞くばかりでインプットばかりだったので、歌ってると、色々なことに気づきます。

顔の筋肉が固まっていてうまく発音できないなーとか、音程取れてないなー、ここのリズム違うなー、知ってるつもりだったけどこの曲よく分からないなとか(笑)

 

音楽は楽しいです。

アウトプットすることで、ストレス発散できるのが大きいです。

やっぱ声出さないとね。。

もっとヒトカラの店舗増えたらいいのになー。

 

これはリピートありですね!

 

一人でカラオケはちょっとなーと悩まれている方は、ぜひ、お時間見つけて行ってみてはいかがでしょうか。

 

以上、カラワンレポートでした。

続・あたしおかあさんだから考察。音源を聞いてみた。

さて、結局燃えてしまって、関係者が謝罪という流れになってしまった本件。

(予想どおりの展開でしたが)

 

謝らせる必要はないとか、謝ってすむのか、という感情論につながってしまうのは別の議論なので、わたしは触れませんが、あらためて、なぜこんなにも炎上したのでしょうか。

冷静に考えてみたいと思います。

 

そして、それでこの話はおしまいにします。

いつまでもひっぱる話でもないので。

 

  • 音源を聞いてみた感想

とりあえず、実際の音源を聞いてみました。

 

わたしの率直な感想は、

うーん。やっぱりイマイチぴんとこない。

ぴったりとマッチはしていないかな。

でした。

 

同じだいすけお兄さんの曲、「さよならだよ、ミスター」と比較すると、音楽としてのワクワクや盛り上がりがもひとつかなあというところです。

あと、やっぱちょっとタイトルの歌詞の繰り返しがくどいかな。

って感じでした。

 

歌詞より先に音源を聞いていたら感想の順番が変わったのかもしれません。

 

あとは、歌い手の声とか伝え方もあると思います。

 

女性主人公を歌うには向かないという意味ではなく、力強さを前面に出すよりは、こどもを見守るしなやかさや柔軟さ、努力の裏側の少しの切なさを、慈しんで囁くように歌う方が向いていたのでは、と思いました。

 

全体的に大きく歌い上げるというよりは、優しいささやきボイスの方が毎日をがんばる母親感がでたのかなっという、まあ、好みの問題ですね。

 

もしカバーがでたら、また聞いてみます。

 

  • 伝え手側のメッセージの意図と受け手側の認知のずれ

プライベートや人の心理をテーマに扱うビジネスの世界は難しいですね。

 

昔よりもさまざまな場所でダイバーシティ化が進み、だれしもが色んな背景をかかえて、自分の意思をもって、そんな生活が尊重されるような、そんな世の中にシフトしてきています。

 

その中で、一人の像を描いて世の中に作品として出すのであれば、そのメッセージの代弁者として提供者のイメージとあっているかが、ポイントなのだと思います。

 

職場で採用の面接官をしたときのことを思い出したのですが、

人はその人が出すメッセージと、その人のイメージを比べたときに違和感があると、本人が言っていることに矛盾があるように思い、懐疑的になります。

 

たとえば、「わたしはリーダーの素質があります。」という面接でのアピールがあったとします。

 

同じセリフでも

Aさんは、話し方も明朗で、目をまっすぐみて、姿勢がシャキッとしている人。

Bさんは、話す声が小さく、目を見ることができず、前かがみでいる人。

ふたりの印象が変わってきますね。

 

その場合、対面していて相手に与える影響、その人から受ける印象とリーダーの素質のイメージに当てはめて、Bさんのアピールの内容が正しいのか、疑問に感じてしまいます。

 

もしかしたら、Bさんは研究の成果が高く、地道にコツコツやるタイプなのかもしれませんが、それはこの回答では分からないのです。

会話や質問のなかで、相手への期待というものを少なからず持ってしまうものです。

 

表現の仕方によって、相手に与える影響がかなり変わるということです。

 

個人的には、伝える側の自由もあると同時に、受け取る側の自由もあると思うので、色んな意見があるのはいいと思います。

 メッセージがちゃんと伝わらないと、作り手としては辛いものがあると思いますが。

 

  • あるがままの自分と承認欲求

おそらく今回は、だいすけお兄さんにこんな歌詞を歌わせるなんて!というような反発があった可能性があります。

わたしたちが求めるだいすけお兄さんは、どんな母親でも受け止めてくれるはず、こんなお母さんだからというメッセージは出さずに、公平で味方でいてほしかった、というようや心の表れではないでしょうか。

 

自身の立場を気にしたり、派閥を生みがちな女の悲しい性だったり、また他人に期待してしまう人間のエゴもあるのですが、それをもってしまうほどに、満たされず完全に理解されない悲しさを抱えているひともいます。

周りの人にいかに許容されているか、自分自身を認めているかなど、承認欲求は現代の課題だと思います。

 

プライドが高いと言われるかもしれませんが、テキトーに生きたって別にかまわないのです。

自分自身でいられることや、あるがままを受け入れてもらえるかどうかで、精神の安定につながります。

 

  • 母親も多様性のある生き方を

育児中におかあさんといっしょにお世話になった人は多いはずで、そのときのイメージのまま今もフリーで活躍するだいすけお兄さんだからこそ、今の世でセンシティブな母親像を歌うには、難しいものがあったのだと思慮します。

 

また、今の世の中に納得がいっておらず、課題を一緒に考えてほしい、解決したい、という思いもある人もいたのだと思います。

わたしは、どちらかというとこちらです。

 

こんなことに怒るなんて余裕なさすぎじゃない、と言われても、余裕の有無でなく実際に社会に出て思っていることなので、これからも発信し続けます。

お互いに、表現の自由なのです。

 

働くことで余裕がないことが原因なのではないです。

子どもが生まれたら生活が変わるのは事実です。

ただ、だからといって我慢の美学で苦労をすればよいとは思わないし、これまでと同じでよい、という意見は改善していくべきだと考えているからです。

もっと子育ての楽しさを知ったり、社会の役にたったり、自分の好きなことをして、仲間を増やして、人生をよりよく生きる権利があります。

  

  • ものづくりの真摯な態度の重要性

ビジネスに失敗があっても、べつにいいと思います。

失ったものは、取り戻せばいいだけです。

 

これは、刺さる人には刺さったし、万人には受けなかった。ただそれだけ。

そもそも、芸術はそういうものです。

 

ざっとネットを見る限りだと、

・そこまで批判する意味が分からない派(理解不能

・どうでもいい派(無関心)

・でも私は好きだし応援してる派(許容)

・やはり許せない派(拒否)

といった感じでした。

 

ビジネスの観点から考えると、彼らにはスポンサーもいますし、ファンの応援(需要)によって、仕事が成り立っています。

イメージ戦略として、求められるものを提供し続けるプレッシャーがあり、要望に添えていない、期待と違うなど、応援している人の気持ちが揺らぐと困るわけです。

 

なので、これからどうなるかは彼らやスタッフの力によるものなので、言及しないものとします。

 

すべてが揃っていても、成功するか失敗するか分からない世の中です。

 

個人的には、男性がどうでもいいといっているのが多いのが印象的でした。

ふつうじゃね?なにをそんなに怒ってるのか分からない。といった内容で、ここには、母親の受難を理解できるかできないかの壁はあったのかもしれないですね。

この話は他人とシェアできない感情なのかもしれないな、という印象でした。

 

世に作品を出すなら、責任と情熱と自信をもって、正面からぶつかっていただきたいです。

 

本気度は相手に伝わるはずです。

 

わたしはだいすけお兄さんを応援し続けますし、これからも真摯に仕事をしたいと思います。

あたしおかあさんだから、だからなんなのかっていう考察。

おはようございます。

だいすけお兄さんに提供されたのぶみ氏の歌が今(色んな意味で)話題ですね。

私はだいすけお兄さんが好きなので、歌い手と曲の関係性については、一旦議論から置いておきます。

 

それでは、歌詞を経由して、この歌が世間になにを伝えたかったのか?

母親にどう受け取られたのか?それはなぜなのか?を考えてみたいと思います。

 

まずは音源を聞こうと思ったんですが、まだ聴けてないので、今後聞いてから感想が変わればまた書きます。

 

2/8追記:聞きました。↓

続・あたしおかあさんだからの音源を聞いてみた。 - タルヲシル

 

  • タイトルの違和感

さて、まずタイトルです。

あたしって主語のお母さんが世の中にどれくらいいるのか分かりませんが(わたし、じゃないのねっていう。ちょっと幼い主人公の印象を受けますね)

「あたしおかあさんだから」の、だから、の後はなんなのでしょうか。

 

歌詞に書いてあるといえば、そのままなのですが。

それなら、おかあさんになれてよかった。とかあなたにあえてよかった、というタイトルでもよかったはずです。

 

そこが一番の伝えたかったところではないということは。

この歌詞は、無償の愛(アガペー:agapē)ではなく、自己犠牲によってなりたつ母親の苦悩や、またその母親を尊敬しなさいというこどもへの無言の脅し、なのではないでしょうか。

 

  • 自己犠牲の人生を送る"あたし"のストーリー

母親になることで、諦めたあれこれ。

あなたは知らないだろうけど、私はこんなにあなたを思っているのに。

という報われていないという感情、下手すると旦那への恨みつらみに聞こえるのは、あながち間違ってないと思います。

 

もし、親としての愛を歌うなら、こどもの成長が見れて嬉しいとか、笑顔がかわいいとか、小さな手足とか、いくらでもキーワードはあったはず。

 

実在の人物にヒアリングしたならなおさら、おそらく質問の仕方から答えを想定してあった、元々方向性の決まった歌なのだと考えられます。

(作為的なアンケートとか見たことありませんか?選択肢がしぼってあるとか、聞き方がある方向に向くようにしてあるとか、そもそも聞く人の母集団が偏ってるとか、です。)

 

これを、世の中のお母さんの声です、と発表されたら、困ったり同意できなかったり怒りを覚える人がいるでしょうね。

私はまた某オムツのCMと似たアプローチだなあと思いました。

 

  •  自分の子育てに納得しているか?

また、この歌詞を若い人が聞いて、じゃあ私もぼくもいつかはこどもをもって、ともに生きる喜びを感じたいんだ!と受け取るか??

どうでしょう。

ぜひ思春期真っ只中の中学生に聞かせたい。

 

きっと、うるせーばばあ!!おしつけんな!こちとら育ててくれだなんて一度も頼んだ覚えねーよ!と一蹴されるんではないでしょうか(笑)

 

それを選ぶのもその人の人生。

こどもに、あなたのために、わたしはこれだけ犠牲にしたのよ、と言われて本当にこどもは喜ぶのでしょうか。

これは、"あたし"が、これでよかったのだと納得するための歌詞なのでは。

自発的にそれをしているはずなのに、なぜそんなに見返りが欲してしまうのか。

 

私も母に同じように言われたら、じゃああなたの人生ってなんだったの?って言いそうになる。

子育て本当にしたかったの?

こんなはずじゃなかったってこと?

子育てはしたかったけど、やりたかったことができなくて納得いかなかったの?

どうなの?っていう。

 

子育ては誰にも褒められない。

頑張ったね、えらいね、っていわれる回数よりも、こうした方がいいんじゃない?とか、それって大丈夫なの?って意見されることの方が多いもの。

それでも、自信を持って私はこうだから!と言えるひとはどれくらいいるのだろう。

 

  •  おかあさんという共通化された虚像

反論の渦の中にあった、キーワードのうちいくつかをピックアップすると、

おかあさんだから、とか。

おかあさんだけど、とか。

おとうさんなのに、とか。

 

これが議論になっているのは、前提として、おとうさんやおかあさんに対するステレオタイプや固定化された概念があることだと思う。

そうでないと、反論にならない。

 

この歌詞にムッとするひとも、涙してしまうひとにも、どこか一般的と呼ばれる共通の意識があって、そこからの肯定(だから)、否定(だけど、なのに)、意見なのでしょう。

 

それは一部の人が言及しているように、自他からの呪いともいえる、親とは、母とは、父とはかくあるべきという像です。

 

そこに、自分自身のできていること、できていないこと、いわゆる理想と現実のギャップが生じている。

既存の概念にうんざりしていたり、今の自分に納得いっていない場合は、歌詞がすんなり入ってこず、拒否感に繋がるのだと考えます。

 

私は、かくあるべきは理想とは呼ばずに、虚像だと思います。

そんなあれもこれも完璧なひと、だれもなれないよ。

 

法律上、親にこどもの養育義務はあれども、自己犠牲せよとは書いておらず、制度の問題ではない。

となると、やはり文化的側面。

日本独特の、母親とはこども(一家の後継)にすべてを捧げよ、我慢せよという縛りが、現代人にも残っている可能性があります。

 

ここまで述べて、今、あらためて、歌詞を見てみると、結婚する前後の女性にも思えるんです。

 

ここからは、私の想像だが、忙しい彼に尽くすタイプのいわゆる良妻のイメージ。

それがいつかこどもが生まれて、良妻賢母になろうとして、日々を忙しく過ごす。

ただ、ある日の夕方ふと、だれかにここにいるのよって、見つけてほしくて、私を見てほしい、この毎日の頑張りを褒めてほしいって、そういう姿。

 

その毎日にパンパンになったひとりぼっちさの中、目の前にある小さな命が大事でしょう?それを失うことは考えられないでしょう?今が幸せでしょう?と、一種の脅しや一瞬のなぐさめに聞こえるのではないでしょうか。

 

安易な説得ですね。

 

  • おかあさんだから、の証明

わたしは、おかあさんは、自分自身を示すものではなく、あくまで人生を進むうちのひとつの役割なのだと思います。

学級委員とか、いきものがかりとか、掃除当番とかのそういう役割。

だから、その役割を降りるときがあったっていいわけです。

 

たとえば、歌詞の中で論理の証明をしてみると

命題は

「母親は、苦手なお料理を頑張る。」

逆は

「苦手なお料理を頑張るのは、母親だ」

裏は

「母親でないので、苦手なお料理を頑張らない」

対偶は

「苦手なお料理を頑張らないのは、母親ではない。」

 

どうでしょう。

対偶だと受け取るメッセージが変わってきませんか?

でも言っていることは同じです。

 

つまり、この曲は頑張る母親を歌っているようだが、実際は歌詞に当てはまらない母親を否定していると受け取れるということです。

 

たとえば、どこかに一文でも、そうじゃない母親像を肯定してたらよかったんですが。

それでもたまにはサボってもいいよねとか、内緒だよとか、逃げ道があればね。

袋小路で逃げ場所ないからね。

残念ですね。

 

わたしたちは、おかあさんである前に人間です。

 

わたしにんげんだから。

呪いから解放されて笑って生きたいんです。

 

以上。

 

 

 

銀行や証券、金融企業が潰れないなんて誰が言ったの?

金融は社会インフラです。

…現状は。

 

今後はどうでしょう?

これからは一般の人が、国境を越えてそれぞれのコミュニティで成り立つ暗号で、やりとりをするのが普通になっていくのかもしれません。

 

そうすると国内だけでなく海外経済にも影響がでてくる。

貿易や為替で使っていた今までの概念は、どんどん変わってくる。

 

IT技術がついに、我々の生活を次のステージへと(よくもわるくも)進めるターニングポイントになってきているのではないか?と思います。

 

お金はデータ化されてただの数字、0や1になっており、決済も振込もさまざまな手続きは今や全てデータ通信で成り立っています。

 

物々交換の時代ではないので、現金が動くという商流は最後にどこが残るんでしょうね?

 

やりとりがデータで残るということは、データ処理の結果がお金が動いた証拠になるわけです。

これはだんだんとセキュリティが厳しくなり、監視社会の中で改ざんが難しくなります。

(もし、改ざんするとしたら個人では無理になるので組織単位。そしてもうそんな企業もあったりしましたね)

嘘ついてまで、なにを守ってるんでしょうか。

 

電子的に証拠に残したくなければ、どうするか…。

これ以上は、サスペンス・ミステリーになりそうなので辞めときます。

とりあえず、まだ日本では、今後もニーズが減るものの現金がなくならないでしょう。

 

 

というわけで、これからの世の中、資産は分散管理して置くべき。

給与口座に突っ込みっぱなしの私ですが、みすみす失ったり損したくないので、今年は色々な商品を試してみたいと思います。

 

金融系の企業がまさか潰れないと思ってる人多いんではないでしょうか。

この世に安定した企業なんてありゃしませんよ。

 

山一證券は1997年に自主廃業。

リーマンブラザーズは2008年に経営破綻。

次は今年…どこかな?(笑)

 

人の人生より企業の方が早く終わることの方が多いのです。

 

こういうところと仕事していると分かりますが、NG事項や無駄の多いこと。。。

プライドの塊みたいな人が上にいるのです。

その下はイエスマンで長いものに巻かれるの兵隊さんばかり。

 

物事が決まるのにも時間がかかるし、

日本語がなってないとか重要でない謎の指摘があったり、

ほかの事例は?などの何の安心を得たいのかわからない質問があったり、

失敗は許されないし、

政治的な駆け引きが必要だったり…と挙げるとキリがないですが、

昭和どころか大正か明治時代、下手したら江戸時代を引きずった、変な文化ですよ。

 

上流貴族を気取った、お上の人がうちは大丈夫とでも思ってるんじゃないでしょうか。

 

この世は奪うか奪われるか、の世界のひとたちなのです。

 

末端は平民。切ろうがなんだろうが、なんとも思ってないと思います。

 

今は完全にお金のために働いてます。

新しいことなんにもできないから面白くない。

 

私はかろうじて子育てという日々新しいなにかを感じ取れるモノがありますが、

仕事は正直、時代遅れで沈みゆく船感がすごい。

ほかの日本企業って先行き明るいんでしょうかね?

 

我々も生きていく新しいすべを身につけないとなあ。

 

たとえ明日突然解雇になっても、待ってました!と退職金を片手に笑い飛ばせるくらい、いい人生にしたいものです。

 

 

一つ言えるのは、まだAIでは人を産み育てるということは出来ません。

クローンはおいといて、新しい生命体をうみだすというのはまだまだ神の領域。

 

食べて寝て次世代が生まれて現役が死んでっていうような、動物的な生き方のベースはITが進んでもこれからも変わらないと思いますが、経済産業としては大きく変わると思います。

 

そのとき、人間はなにをして生きていくんでしょうねー。

 

晴れた日には歌って耕して、雨の日には編み物をして本を読む生活になるんでしょうか(笑)

 

少子高齢化で現役が税金にあえぐ未来が待ってるなか、ベーシックインカムの話が出てくるのもうなずけます。

少しくらい楽になることがないと、やってけないですよねー。

 

このままだと国として衰退していって、どこかアメリカか中国かにでも吸収されることになるんじゃないでしょうか。

 

日本終了。

完。(笑)

 

でも、日本って歴史上奪われたことがないから、だれもそんなこと起きないと思ってるんではないでしょうか。

 

いやいや、国としてパワーがなくなれば、誰かを頼らざるを得なくなる。

誰かの言いなりになる。

すると国としてのアイデンティティとは?ってなる。

 

たとえば100年後?に、state of japanとか日本省とかで、第1母国語が英語か中国語になってるのを想像してみてください。

伝統文化は引き継ぎがいなくて、教科書の写真レベル。

そして、今の日本は、過去の栄光にすがる、おじいさんやおばあさんの昔話になります。

 

それくらい国に必要なのは、歴史でなく経済力であり、自分たちの国としての生きていくための外交力や、政治力であるはずなのです。

 

国のために頑張れだなんてことは死んでも言いませんが、自分の生き方はどうしたいのか、もう一度考えるときです。

 

周りに流されるような時代はおわりです。

妊婦がコンロの上で包丁を使うなと言う迷信

おつかれさまです。

 

先日、調理していた際、母に言われた言葉がありまして。

コンロの上で包丁を使うな、です。

 

うちのコンロは3口のガスコンロです。

オーブンから取り出した鉄板が熱かったので、とりあえずコンロの上に置き、横着してオーブン調理した料理を鉄板に乗せたまま包丁で切ろうとしたのが事の発端だったのです。

 

その様子を遊びにきていた母に

上記のセリフとともに、「昔、祖母にそう言われた!あかん!」

とものすごい勢いで反対されたので、とりあえず止めました。

 

で、母曰く、妊婦がコンロの上で刃物を使うと口が裂けた子が生まれるとよく言われた、とのこと。

 

症状名は医師じゃないので全てを知らんし避けますが…

とりあえず私が言いたいのは、まず、そんな理由で胎児に影響はありません。

  

家事における刃物の利用状況と、胎児の先天性異常との関連性がなさすぎる。

たとえそれで怪我したとしても、それも関係がない。

さらに祖母に言われたから!と、特に科学的根拠もなく、普通にそれを相手に言えるのがヤバいなと思いました。

 

私の親の世代でもそんなもん?

リテラシー、大丈夫?

自分が正しいと思っていたら相手に言ってもいいも思ってる?

 

否定するのが面倒だったので、さらっと流しましたが、友人から言われたら本気で今日からカットアウトするレベル。。

 

いや、作業として危ないのは理解していますよ。

が、説明としておかしくないですか?

怪我を心配するなら普通に注意すればいいのに。

 

科学的根拠がとれていない迷信で、世の妊婦さんを苦しめたくないので、私は今後も言わないと誓います。

 

 

 母親のこういうところが苦手。

 

狭い世界で知った知識で、決めつけてカテゴライズして、ものを判断するところ。

統計的でない感情的な指針で人に指示すること。

頑なで意固地で、思慮深くないところ。

私が正しい、私がやったった感があるところ。

すぐに一般常識とか普通とか言うところ。

 

もしかしたら、自分が思ってることと違うのかも?って考えたことある?

否定されて悲しくなる人の気持ち考えたことある?

 

自分のこと普通って言っといてさ、でもそれ普通じゃないから。

何に対しての普通なの。

だれが普通って決めたの。

 

誰にも意見を訂正されてこなかったんだろうな。

ていうか、訂正しても聞く耳持たないし、言っても一緒だしもういいか、なるからかもな。

ほんと苦手。

 

母親のこと、尊敬できるところもあるし、嫌いにはなれないけど…大好き!と言える日がくるんだろうか。

今まだちょっと抵抗あるな。

こども産んでから余計に思うようになった。

 

 

その反面教師で、私は人に対して当たり障りのない風になりましたが(笑)

 

私は人にフラットに接したいのです。

人を見るのに、ステレオタイプやフィルターをかけなくていいようにしたい。

 

もし、かつて自分自身を苦しめたヒドイ相手であっても、時が経てば許せたり、人間だもの、そういうこともあるわねって、振り返って、悟りたい。

 

というか、 人を好きとか嫌いとか言うのも、避けたい。

それを言って何をどうしたいのか分からない。

嫌い同士でグループを作りたいのか知らないけど、嫌いが一緒でも、悪口でつながる相手なんてたかが知れてるし。

 

女性同士の僻みあい、妬みあい、恨みつらみ、本当に苦手。

男性ばかりの社会で頑張る方が断然楽。

仕事するのに、仕事以外の人間関係で悩まなくていいから。

 

勝手にやってろって思う。

 

今年も1年間、人生おつかれさまでした。

 

応用情報午後60点ぴったりで合格

ようやく応用情報技術者に受かりました。

 

会社にて絶対に取得せよと言われていたんで、もっと早く取りたかった(笑)

成績発表の日、前日から憂鬱でお腹痛かった…。

 

昨日、受けた昔の問題冊子たちを積み上げて数えたら、ものすごく分厚くなって悲しい気持ちになりました。。

10回以上申し込んで実際に受けに行ったのは8回くらい?

 

結婚して途中で名前も住所も変わってるとはいえ、合格についてパーソナルデータは全く考慮されないもんだなと思いました。

学校じゃないしね…。

何度も受けてるから合格にしたろ!みたいなんないんかね、と思ったけども。

そんな奇跡はなかったよねっていう(笑)

 

午後問が苦手すぎて、緊張してしまい、いつも時間不足でした。

今回は、今までで一番時間配分に気をつけて、全問とりあえず回答を書くところまではしました。

 

結果論で考えると、私は秋の方が向いてるのだと思いました。

基本情報も秋に取得だったし。

春は傾向が変わる可能性があるような?

前回もアジャイルの開発の問題分からなかったし。

 

で、今回はいつもと違う作戦にしました。

もし文系出身の人で、午後が苦手な人の参考になれば。。

 

作戦。

1.情報系専攻出身ではないので、今までチャレンジしてきたシステム系の問題は選択せず、得意なマネジメントの問題にシフトしたこと。

(1問は、業務経験のあるデータベースにしましたが)

 

2.セキュリティは必須なので、問題集を解きつつ、日経コンピュータや日経SYSTEMSを読んで、基礎的な知識を増やしたこと。

 

3.解き方は、冊子にすべての回答を控えるのを諦めて、アイテックの問題集の言うとおり、問題はとりあえず3分で目を通して、問題を解きながら内容理解を深めることを意識したこと

 

4.計算問題が超絶苦手なので、文書問題に力を入れてたこと。

問題でなにを聞かれているのか、何を答えることを求められているのかを考えること

問題の中で出てくる文言を使えないか、また、解答が問題と矛盾していないかを確認すること

 

…です。

 

それでもギリギリ60点でしたけど(笑)

 

でも合格は合格だもんねーーー。

 

スキルアップの勉強、その結果を示すための資格取得ですが。

私は資格取得は人事の昇格要件で、喫緊の目標達成が必要だったので、知識の理解を深めることよりも、試験に受かる方を優先しました。

応用情報は出題範囲が広いので、カマかけるのは難しいと思います。

 

長年の戦う相手が居なくなって、次どこに行けばいいのか心がぽっかりしてます。

 

高度は何受けよう。。

 

とりあえず自分おめでとう!!!

 

解放されたー!!

 

追記。

2018年春はプロマネ受けることにしました。 

 

 

ベストアーティストでのセクゾと娘。のコラボがベストコラボ賞だと思った話。

今日は趣味の話。

 

先日のコラボに、ジャニーズとハロプロの親和性を感じたので、一言残しておきます。

ひとまず、日テレさん、ナイスなお仕事だった!

 

今回一番喜んだのは、ジャニとハロプロを両方推してるファンでしょう。

例えると、ふだんは男子校と女子校だが、目標に向かってともに共同作業とすると、相乗効果あるよね、と思うわけです。

でもそれって、実質的に本人役のミュージカル・ショーみたいだよねっていう。

 

***

 

まずはじめに。私は歌って踊る人が好きである。 

 

何を隠そう、ハロプロはドンピシャ世代。

ハロプロは今年で20周年なのだが、その間受験やら就職やら妊娠出産やらで、休憩した時間も長かったものの、ファンとしては卒業できず、ズルズルと今まできてしまった。

もうすっかりいい大人である。

 

自分の年の半分以下の子を応援する複雑さは否めないが、致し方ない。

だって、頑張る女の子って素敵やん?(笑)

 

モーニング娘。は、コンサートや舞台などの現場にもいったし、シリアルイベントの握手会に当たったのに仕事でいけなく涙したりと、在宅と現場を行き来した。

 

振り返ると、オーディション時代のASAYANも見てたし、恥ずかしながら子ども時代はモーニング娘。になりたかった。

学校のクラスでプッチモニを真似したり、松浦亜弥ちゃんのLOVE涙色をカラオケで歌ったり。

 

…同世代はご納得いただけるかと思うが、若い子にはちんぷんかんぷんであろう。

さきほどの登場人物だって、今となってはほとんどがお母さんになるほどに、年月が経ってしまっている。

今だとAKBか坂道なのかな。

欅坂も可愛いよね。

 

昔に比べると、アイドルファンであることをカミングアウトしやすくなったとは思う。

いろんな趣味があってもいいじゃない、と偏見が少なくなってきたのはありがたい。

女性による女性アイドルへの応援者について、表に出てくる割合が増えたのだと思っている。

 

モーニング娘。は、松岡茉優さん同様に、鞘師里保ちゃん推しだったので、彼女の突然の卒業は相当に応えた。

最近までロスすぎて、過去映像も見られなかったほどである。

ただ、人生の主役は自分自身。

心を病んでまで仕事を続けることは不要なので、今、彼女も世界のどこかで青春を楽しんでもらえてるものだと、祈っている。

 

続いて、男性アイドルのトップを走り続けるジャニーズ。

 

言わずもがな、老舗・ジャニーズではたくさんのアイドル、タレントが輩出されてきた。

ファン層も厚く、女性アイドルに比べてタレントも息が長いので、末長く応援しやすいのが特徴だと思う。

 

異性への憧れ、こうであってほしいと思う、いわゆる偶像-アイドル-をそのまま形にして表現してくれる、唯一無二の素敵な団体様である。

 

いつの時代も女性陣をメロメロにしてきた。

 

で、私のジャニーズ歴は、KinKi Kidsのライブに行ったのみで、TVやDVD鑑賞による、いわゆるほぼ在宅。

幼い頃は光GENJIのビデオ(なんとDVDですらない)をみて、弟や友人の影響でKinKi Kidsから入り、KAT-TUNやNEWSのライブを弟や友達が所持するものを見て、語ったりしていた。

 

さて、前置きが長すぎたが、ようやく本題である。

 

先日、日本テレビのベストアーティストの音楽番組で、Sexy Zoneモーニング娘。'17のコラボがあった。

おなじみLOVEマシーンをガンガンに踊り歌うのだ。

どちらもアイドルグループであり、ステージ上で人を魅了する若いパワー。

ベストコラボ賞だったと思う。

 

お互いのファンへの配慮も感じたし、次のコラボを楽しみにできる期待も高まり、何より両チームのパフォーマンスがよかった。

 

生歌で、かわるがわるフォーメーションを変えながら、己のよさを負けじとアピールし、画面から伝わるキラキラ具合が、非常にアイドルらしくてよかった。

 

昨今、歌入りの音源再生(口パク)が適用されることが増えている。

それはパフォーマンスへ釘付けにさせるためだったり、また音楽のレベルを維持するためだったり。

歌うことによってパフォーマンスが落ちる、もしくは踊ることによって歌がブレたりするのがもったいないからだと思われる。

 

それでも私は歌を重視して聞いてるので、CD音源との違いをライブ感として聞きたいのである。

生放送ならなおさら。

失敗してもいいので、チャレンジし続けてほしいのだ。

 

アイドルの歌は、表現の一手段として、民衆に聴かせるというよりは、聞こえてくる音声と視覚に入ってくる表情、ダンスを含めて、総合的なうまさが必要だと思う。

たとえワンフレーズでも。

 

その点、やはりセクゾはカメラのワンカットにおける自身の魅せ方をよく熟知していて、存分に発揮していたと思う。

だから、モーニングに対して、人数の少なさを感じさせないパフォーマンスだった。

 

モーニングもあのあたりはぜひ今後参考にしてほしい。

人数が多いのでわちゃわちゃしがちだし、手も抜けてしまうし、一人一人が埋もれてしまうのはもったいない。

個性を出して、アレンジもどんどん許してあげてほしい。

練習のとおりに、事前に準備したとおりにってのは、トータルとして経験不足なのだと思う。

 

事務所のえらい大人方の言うことを聞かないといけないのは、芸能界ならどこでも似たようなもんだと思うが、ハロプロに足りないのはそんな大人への反骨精神だと思う。

私はこうしたい!とか、その服ダサい!とか、つまらないとかもっとバシバシその世代の意見を活かしなよと思う。

よくいえば優等生でいい子ちゃんが多いんだろうな。

 

そういえば2014年頃つんくさんがセクゾにご興味があった様子を思い出した。(by Twitter

これは、つんくさん作曲のセクゾ提供曲くるか?!と思ってはや3年経ってしまったが。

 

先日のコラボで、やはりつんくさんの曲は男性アイドルにも有効であると分かったし、そもそもセクゾの元キーの歌いだしのハイトーンボイスはなかなか衝撃だった。

LOVEマシーンはもともとシャ乱Qの曲になるかもだったし、親和性があるのは当たり前なのかも)

 

今後のモーニングに必要なのは生のハモり、ハーモニーだと思う。

個性もないのに統一感もない、はツライ。

あと、音程が一人で取れないなら、合唱もアリだと思う。

外しすぎるのはやっぱり聞いててキツイものがある。

 

ハロプロは、ダンスなしでもどれほど歌唱で魅了できるのか、今後の注目ポイントかなあ。

 

というわけで、ジャニファンにもぜひハロプロをオススメしたい。

夢子ちゃんの場合は、嫉妬の炎で辛くなるだけかと思うが、それ以外の方は相乗効果あると思うし頑張る姿を応援するのは楽しいと思われる。

 

現場も女の子増えてるし、汗かいて声のでっかいおっさんばかりってわけでもないですよ。

カップルも見かけるし。

 

こっちの水もあーまいぞー。(^^)

 

ではまた。